Muirheadの不等式の証明と記号の意味について

1. 必要な記号
Muirheadの不等式を理解するためには、以下の3つの記号を理解する必要があります。
$\large\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}$
$[a,b,c]$
$\succeq$
これらが理解できれば、Muirheadの不等式の意味が分かります。また、Muirheadの不等式はムーアヘッドの不等式と呼ばれることがあります。
2. $\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}$
$\large\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}$という記号はsymmetric sumを表す数学的な記号です。
symmetric sumとは、項の順序を入れ替えたときに同じ値をとる式に対して、各項の和を求めたものです。
3変数を用いる場合、$\large\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z)$ は、以下のように計算されます。
$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z) = f(x,y,z) + f(x,z,y) + f(y,x,z) + f(y,z,x) + f(z,x,y) + f(z,y,x)$
つまり、各項の変数の順序を全て考慮し、和を求めたものです。$3!$通りの組み合わせとなります。図のような組み合わせとなります。
一方、$n$変数を用いる場合、$n!$通りの組み合わせの和となります。
意味
symmetric sumの直訳は対称和となります。日本語と数式から察すると、確かに対称的な和ですね。ただし、対称和という用語はおそらく存在しません。
2.1. symmetric sumの例題
以下の関数に対してsymmetric sumを求めよ。
$(1)$ $f(x,y) = x+y^2$
$(2)$ $f(x,y,z) = x^2+y^2+z^2$
$(3)$ $f(x,y,z) = xyz$
$(1)$与えられた式 $f(x,y) = x+y^2$ を 代入すると、$x,y$ という2つの変数を考慮して、以下のように展開されます。
$$\begin{align*} \sum_{\mathrm{sym}} f(x, y) &= f(x, y) + f(y, x) \\ &= (x + y^2) + (y + x^2) \\ &= x + y + x^2 + y^2 \end{align*}$$
$(2)$与えられた式 $f(x,y,z) = x^2+y^2+z^2$ を代入すると、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z) = (x^2+y^2+z^2) + (x^2+z^2+y^2) + (y^2+x^2+z^2) + (y^2+z^2+x^2) + (z^2+x^2+y^2) + (z^2+y^2+x^2)$$
となります。各項の $x^2, y^2, z^2$ の係数をまとめると、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z)=6(x^2+y^2+z^2)$$
となります。
$(3)$与えられた式 $f(x,y,z) = xyz$ を $\large\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}$ に代入すると、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z) = xyz + xzy + yxz + yzx + zxy + zyx$$
となります。項の並びを整理すると、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z)=6xyz$$
3. $[a,b,c]$
数列$[a,b,c]$と3変数を用いる場合$x$ を $a$ 回、$y$ を $b$ 回、$z$ を $c$ 回乗じた項の対称和を表します。つまり、数列が$[a,b,c]$であるときの対称和は
$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}x^ay^bz^c$
3.1. majorize
majorizeとは非負数からなる2つの数列$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の関係を示します。ただし、数列$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の要素はそれぞれ以下の条件を満たしています。
$a_1 \geq a_2 \geq \cdots \geq a_{n-1} \geq a_n \geq 0$
具体的には、以下の条件が満たされる場合に、$\mathbf{a} \mathrm{mjorize} \mathbf{b}$といい、$[\mathbf{a}] \succeq [\mathbf{b}]$と表記します。
両方の数列の和が等しい:すなわち、$\displaystyle\sum_{i=1}^n a_i = \displaystyle\sum_{i=1}^n b_i$
任意の$k$($1\leq k\leq n-1$)について、以下が成り立つ:$\displaystyle\sum_{i=1}^{k}a_{k}\geq \displaystyle\sum_{i=1}^{k}b_{k}$
わからない人のために
[1,0,0]が数列に見えないなら、左の成分が大きい順に並んでいるベクトルと考えてみたらわかるかもしれません。
3.2. majorizeの例題
以下の数列について、$\mathbf{a} \mathrm{ mjorize } \mathbf{b}$かどうかを調べなさい。
$(1)$$\mathbf{a}=[4,3,1], \mathbf{b}=[2,2,2]$
$(2)$$\mathbf{a}=[2,0], \mathbf{b}=[1,1]$
$(3)$$\mathbf{a}=[2,0,1], \mathbf{b}=[1,1,1]$
以下では下記の通りに$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$を表す。
$\mathbf{a}=[a_1,\cdots,a_n]$
$\mathbf{b}=[b_1,\cdots,b_n]$
$(1)$まず、数列の和を調べます。
$\displaystyle\sum_{i=1}^3 a_i = 4+3+1=8$
$\displaystyle\sum_{i=1}^3 b_i = 2+2+2=6$
この結果から、$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の数列の和が等しくないことが分かります。したがって、$\mathbf{a} \mathrm{ mjorize } \mathbf{b}$ではない。
$(2)$まず、数列の和を調べます。
$\displaystyle\sum_{i=1}^2 a_i =2+0=2$
$\displaystyle\sum_{i=1}^2 b_i = 1+1=2$
この結果から、$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の数列の和が等しいことが分かります。次に、$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の部分和を比較してみます。
$a_1=2\geq 1 =b_1$
この結果から、$\mathbf{a} \mathrm{ mjorize } \mathbf{b}$となるため、$\mathbf{a}\succeq\mathbf{b}$となります。
$(3)$まず、数列の和を調べます。
$\displaystyle\sum_{i=1}^3 a_i =2+0+1=3$
$\displaystyle\sum_{i=1}^3 b_i = 1+1+1=3$
この結果から、$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の数列の和が等しいことが分かります。次に、$\mathbf{a}$と$\mathbf{b}$の部分和を比較してみます。
$a_1=2\geq 1 =b_1$
$a_1+a_2=2\geq 2=b_1+b_2$
この結果から、$\mathbf{a} \mathrm{ mjorize } \mathbf{b}$となるため、$\mathbf{a}\succeq\mathbf{b}$となります。
4. Muirheadの不等式
以下の条件を満たす数列$\{a_n\}$,$\{b_n\}$が存在するととき、
$$a_1 \geq a_2 \geq \cdots \geq a_{n-1} \geq a_n \geq 0$$
$$ b_1 \geq b_2 \geq \cdots \geq b_{n-1} \geq b_n \geq 0$$
$x_i>0 ,x_i\in\mathbb{R}(i=1 \cdots n)$に対して、$[a_1,a_2,\cdots a_n]\succeq[b_1,b_2,\cdots b_n]$を満たすと以下の不等式が成り立つ。
$$\Large\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}\prod^{n}_{i=1} x_i^{a_i} \geq\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}\prod^{n}_{i=1} x_i^{b_i}$$
ポイント
雑に言うと指数が偏っているほうが大きいということです。
4.1. 不等式の意味を理解する
まず、$\displaystyle\prod^{n}_{i=1} x_i^{a_i}$はどういう意味なのかというと、$x_1^{a_1}$から$x_n^{a_n}$までの積です。つまり、
$\displaystyle\prod^{n}_{i=1} x_i^{a_i}=x_1^{a_1}x_2^{a_2}\cdots x_n^{a_n}$
となるため、$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}x_1^{a_1}x_2^{a_2}\cdots x_n^{a_n}$となります。
これがさっきまでの話にどうつながるのかというと、$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}}x_1^{a_1}x_2^{a_2}\cdots x_n^{a_n}$は、$[a_1,a_2,\cdots,a_n]$とあら合わすことができます。
4.2. Muirheadの不等式の具体例
$[2,0,1]\succeq[1,1,1]$の場合、次の不等式が成り立ちます。
$$\sum_{\mathrm{sym}} x^2 z \geq \sum_{\mathrm{sym}} xyz$$
$[2,0,1]$のときのsymmetric sumを求めると、
$$ \sum_{\mathrm{sym}} x^2 z = x^2 z + x^2 y + y^2 z + y^2 x + z^2 y + z^2 x $$
$[1,1,1]$のときのsymmetric sumを次に求めると、
$$\sum_{\mathrm{sym}} xyz = 6xyz$$
となるため、
$$x^2z+x^2y+y^2z+y^2x+z^2y+z^2x \geq 6xyz$$
となる。
$[4,0,0,0]\succeq[1,1,1,1]$の場合、次の不等式が成り立ちます。
$$\sum_{\mathrm{sym}} x^4 \geq \sum_{\mathrm{sym}} xyzw$$
$[4,0,0,0]$のときのsymmetric sumを求めると、
$$\sum_{\mathrm{sym}} x^4= 6x^4 + 6y^4 + 6z^4 + 6w^4$$
計算の考え方
$x^4$が決まったら、残りの変数の部分は3!通りの並べ方があり、残りの変数は1であるから$x^4$の係数は6となる。
$[1,1,1,1]$のときのsymmetric sumを次に求めると、
$$\sum_{\mathrm{sym}} xyzw= 24xyzw$$
となるため、次の不等式が成り立ちます。
$$x^4+y^4+z^4+w^4 \geq 4xyzw$$
ここから少し、本筋からずれます。
5. 置換の和
$\displaystyle\sum_{\sigma}f(x_{\sigma(1)},\cdots x_{\sigma(n)})$ は、置換 による和を表します。ここで $\sigma$ は、置換を表す記号で、要素の並び順を入れ替える操作を表します。$\sigma(n)$は、置換$\sigma$によって$n$がどの要素に対応するかを表します。たとえば、$\sigma=\begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 & 4 & 5 \\ 1 & 3 & 2 & 5 & 4\end{pmatrix}$であれば、$\sigma(1)=1$、$\sigma(2)=3$、$\sigma(3)=2$、$\sigma(4)=5$、$\sigma(5)=4$となります。
つまり、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z) = f(x,y,z) + f(x,z,y) + f(y,x,z) + f(y,z,x) + f(z,x,y) + f(z,y,x)$$
に対して
$$\displaystyle\sum_{\sigma}f(x_{\sigma(1)},\cdots x_{\sigma(n)})$$
を用いて表すことができます。具体的には、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x,y,z) = \displaystyle\sum_{\sigma}f(x_{\sigma(1)},x_{\sigma(2)}, x_{\sigma(3)})$$
つまり、変数が$n$個のときは、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x_1,x_2,\cdots x_n) = \displaystyle\sum_{\sigma}f(x_{\sigma(1)},x_{\sigma(2)},\cdots x_{\sigma(n)})$$
とあらわすことができる。
メリット
$\displaystyle\sum_{\sigma}$を導入することで$n!$通りであった、symmetric sumを表すことができるようになりました。
5.1. 置換の和の例題
$x_1=x$,$x_2=y$,$x_3=z$とする。
$$\displaystyle\sum_{\sigma} x_{\sigma(1)}+x_{\sigma(2)}+x_{\sigma(3)}$$
を求めよ。ただし、$x,y,z$ で和を表せ。
$$\begin{align*}&\displaystyle\sum_{\sigma} x_{\sigma(1)}+x_{\sigma(2)}+x_{\sigma(3)} \\&= (x_1+x_2+x_3)+(x_1+x_3+x_2)+(x_2+x_1+x_3)+(x_2+x_3+x_1)+(x_3+x_1+x_2)+(x_3+x_2+x_1) \\&=(x+y+z)+(x+z+y)+(y+x+z)+(y+z+x)+(z+x+y)+(z+y+x) \\& = 6(x+y+z)\end{align*}$$
ここで、$\sigma$ による置換の種類は
$$(1,2,3),(1,3,2),(2,1,3),(2,3,1),(3,1,2),(3,2,1)$$
となります。
6. symmetric function と symmetric sum
$n$個の変数に関するsymmetric functionとは、その変数の任意の置換によって不変な関数のことを指します。
つまり、置換した後も関数が変わらないため、$f(x_1,x_2,\cdots x_n)$を$n!$回足していることになる。数式で表すと、
$$\displaystyle\sum_{\sigma}f(x_{\sigma(1)},x_{\sigma(2)},\cdots x_{\sigma(n)})=n!f(x_1,x_2,\cdots x_n)$$
となる。つまり、
$$\displaystyle\sum_{\mathrm{sym}} f(x_1,x_2,\cdots x_n) = n!f(x_1,x_2,\cdots x_n)$$
となる。
6.1. Muirheadの不等式におけるsymmetric functionの具体例
例えば、Muirheadの不等式の具体例で示した、$[1,1,1,1]$の$xyzw$の係数は$4!$となったり、$[1,1,1]$の$xyz$の係数は$3!$となっていたりする。