環の意味と性質、具体例について



1. 環の性質
環(ring)の基本的な構造を理解するには、加法と乗法に分けてその性質を考えることが重要です。それぞれの性質を説明します。
集合 \( R \) と加法 \( + \) の組 \( (R, +) \) は、以下の性質を満たすアーベル群(可換群)になっています。
- 加法に関して閉じている
任意の \( a, b \in R \) に対して、 \( a + b \in R \) が成り立ちます。
例:整数の加法では、どの整数を足しても結果は整数に収まります。 - 結合性
任意の \( a, b, c \in R \) に対して、 \((a + b) + c = a + (b + c)\) が成り立ちます。
例:\( (1 + 2) + 3 = 1 + (2 + 3) \) - 加法単位元(零元)の存在
\( 0 \in R \) が存在し、任意の \( a \in R \) に対して \( 0 + a = a + 0 = a \) を満たします。
例:整数の場合、0が単位元です。 - 加法逆元(反元)の存在
任意の \( a \in R \) に対して、 \( b \in R \) が存在し、 \( a + b = b + a = 0 \) が成り立ちます。この \( b \) は \( -a \) と表されます。
例:\( 3 + (-3) = 0 \) - 加法の可換性
任意の \( a, b \in R \) に対して、 \( a + b = b + a \) が成り立ちます。
例:\( 2 + 3 = 3 + 2 \)
次に、集合 \( R \) と乗法 \( \ast \) の組 \( (R, \ast) \) は、以下の条件を満たすモノイドになっています。
- 乗法に関して閉じている
任意の \( a, b \in R \) に対して、 \( a \ast b \in R \) が成り立ちます。例:整数の掛け算では、どの整数を掛けても結果は整数に収まります。 - 結合性
任意の \( a, b, c \in R \) に対して、 \((a \ast b) \ast c = a \ast (b \ast c)\) が成り立ちます。
例:\( (2 \cdot 3) \cdot 4 = 2 \cdot (3 \cdot 4) \) - 単位元の存在
乗法に関する単位元 \( 1 \in R \) が存在し、任意の \( a \in R \) に対して \( 1 \ast a = a \ast 1 = a \) が成り立ちます。
例:整数の掛け算では、1が単位元です。
環では以下の2つの分配律が成り立ちます。
- 任意の \( a, b, c \in R \) に対して、 \( a \ast (b + c) = (a \ast b) + (a \ast c) \) が成り立ちます。
例:\( 2 \cdot (3 + 4) = (2 \cdot 3) + (2 \cdot 4) \) - 任意の \( a, b, c \in R \) に対して、 \( (a + b) \ast c = (a \ast c) + (b \ast c) \) が成り立ちます。
例:\( (3 + 4) \cdot 2 = (3 \cdot 2) + (4 \cdot 2) \)



2. 環の具体例
以下では、先ほど挙げた環の代表的な例について、実際に「加法」「乗法」をいくつか具体的に計算し、どのような演算であるかを確認します。
- 整数環 \(\mathbb{Z}\) では、ふつうの足し算・掛け算が環の演算として成り立つ。
- 剰余類環 \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) では、「\(n\) で割った余りをとる」ルールで加法・乗法を定義すると、環の構造が保たれる。
- 行列環 \(M_n(R)\) では、行列の加法・乗法が環の演算になり、行列特有の性質(行列積の非可換性など)が現れる。
- 多項式環 \(\mathbb{R}[x]\) では、多項式どうしの通常の加法・分配に基づく掛け算を考える。
- 連続関数環 \(C([0,1], \mathbb{R})\) では、関数どうしを「点ごとに」足し・掛け合わせる。結果も連続関数なので閉じている。
- 形式的冪級数環 \(\mathbb{R}[[x]]\) では、収束性を考慮せず形式的に係数どうしを足し、畳み込みを掛け算に使う。
2.1. 整数環 \(\mathbb{Z}\)
もっとも基本的な例として、\(\mathbb{Z}\)(整数全体)における演算です。
- 加法\[ 3 + (-7) = -4 \]結果も整数となっています。
- 乗法\[ 3 \times (-7) = -21 \]これも整数です。
加法はアーベル群(交換法則・単位元0・逆元の存在などが成り立つ)になり、乗法は結合則が成り立ちます。さらに分配則 \[ a \times (b + c) = a \times b + a \times c \] なども整数では常に成立します。
2.2. 剰余類環 \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\)
たとえば \(n = 12\) とします。元は「12で割った余り」が 0 から 11 までの 12 個です。
\[ \mathbb{Z}/12\mathbb{Z} = \{[0],[1],[2],\dots,[11]\}. \]
- 加法 例: \([3] + [10]\)
- 代表元どうしを足す: \(3 + 10 = 13\)
- 13 を 12 で割った余り: 13 mod 12 = 1
- よって \([3] + [10] = [1]\).
- 乗法 例: \([4] \times [9]\)
- 代表元どうしを掛ける: \(4 \times 9 = 36\)
- 36 を 12 で割った余り: 36 mod 12 = 0
- よって \([4] \times [9] = [0]\).
もちろん分配則や結合則なども「mod 12 で常に余りをとる」演算ルールで成り立ちます。
2.3. 行列環 \(M_n(R)\)
ここでは具体的に、\(2 \times 2\) の実行列 \(M_2(\mathbb{R})\) を例にとり、2つの行列 \[ A = \begin{pmatrix} 1 & 3 \\ 2 & 5 \end{pmatrix},\quad B = \begin{pmatrix} -1 & 2 \\ 0 & 4 \end{pmatrix} \] について加法と乗法を計算します。
- 加法要素ごとに足し合わせます。\[ A + B = \begin{pmatrix} 1 + (-1) & 3 + 2 \\ 2 + 0 & 5 + 4 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 & 5 \\ 2 & 9 \end{pmatrix}. \]
- 乗法(行列積)\[ A \times B = \begin{pmatrix} (1)(-1) + (3)(0) & (1)(2) + (3)(4) \\ (2)(-1) + (5)(0) & (2)(2) + (5)(4) \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -1 & 2 + 12 \\ -2 & 4 + 20 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -1 & 14 \\ -2 & 24 \end{pmatrix}. \]
計算結果はいずれもふたたび \(2 \times 2\) 行列になっていますので、加法・乗法ともに閉じています。行列の加法はベクトル空間と同様の性質をもち、行列の乗法は結合律と分配律を満たします。
また、行列環は積が非可換であるので、非可換環であることが知られています。
2.4. 多項式環 \(\mathbb{R}[x]\)
実数係数の1変数多項式の集合です。たとえば \[ f(x) = x^2 + 3x + 2,\quad g(x) = x^3 – 4x + 7. \]
- 加法\[ f(x) + g(x) = (x^2 + 3x + 2) + (x^3 – 4x + 7) = x^3 + x^2 + (3x – 4x) + (2 + 7). \] 整理すると \[ x^3 + x^2 – x + 9. \]
- 乗法\[ f(x) \times g(x) = (x^2 + 3x + 2)(x^3 – 4x + 7). \] 各項を分配して整理します。
- \(x^2 \times (x^3 – 4x + 7) = x^5 – 4x^3 + 7x^2\)
- \(3x \times (x^3 – 4x + 7) = 3x^4 – 12x^2 + 21x\)
- \(2 \times (x^3 – 4x + 7) = 2x^3 – 8x + 14\)
これらをすべて足し合わせて、整理すると \[ x^5 + 3x^4 – 2x^3 – 5x^2 + 13x + 14. \] 当然、結果も多項式(\(\mathbb{R}[x]\) の元)になっています。
2.5. 関数環 \(C([0,1], \mathbb{R})\)
\([0,1]\) 上の連続関数の環を考えます。例として \[ f(x) = x^2,\quad g(x) = 2x + 1. \]
- 加法\[ (f + g)(x) = f(x) + g(x) = x^2 + (2x + 1). \] つまり関数としては \[ (f+g)(x) = x^2 + 2x + 1. \]
- 乗法\[ (f \times g)(x) = f(x)\,g(x) = x^2 \times (2x + 1) = 2x^3 + x^2. \] いずれも連続関数のままなので、演算の結果は再び \(C([0,1], \mathbb{R})\) に属します。
2.6. 形式的冪級数環 \(\mathbb{R}[[x]]\)
最後に「形式的冪級数」の例です。
\[ f(x) = 1 + 2x + 3x^2 + \cdots,\quad g(x) = 1 + x + 4x^2 + \cdots \] など、収束性などはまったく考えずに「記号として」無限和を扱います。
- 加法 (係数ごと)\[ f(x) + g(x) = (1+1) + (2+1)x + (3+4)x^2 + \cdots = 2 + 3x + 7x^2 + \cdots. \]
- 乗法\[ f(x)\,g(x) = (1 + 2x + 3x^2 + \dots)(1 + x + 4x^2 + \dots). \] これは形式的に各次数の係数の「畳み込み」で計算することができます。たとえば、
- 定数項: \(1 \times 1 = 1\)
- \(x\)-項: \(1 \times (x) + (2x) \times 1 = 1 + 2 = 3\)
- \(x^2\)-項: \(1 \times (4x^2) + (2x)\times (x) + (3x^2) \times 1 = 4 + 2 + 3 = 9\)
- … というように続きます。